玉砕の戦場
第1章 ガダルカナル島とブナ地区(東部ニューギニア)の戦い 第5章 ペリリュー島、アンガウル島の戦い
第2章 アッツ島の戦い 第6章 中国雲南省、ビルマ戦線
第3章 タワラ島、マッキン島の戦い 第7章 硫黄島の戦い
第4章 サイパン、グアム、テニアンの戦い 終章  沖縄戦、そして一億玉砕構想


1937年(昭和12)
7月7日 盧溝橋事件勃発、日中戦争(支那事変)へ拡大
1941年(昭和16)
12月8日 日本陸軍、フィリピン攻略のためマレー半島上陸。1時間後、日本海軍空母航空隊、ハワイ真珠湾を奇襲。大東亜戦争始まる
日本海軍航空隊、フィリピン・ルソン島のアメリカ軍航空基地を爆撃
12月10日 日本軍、ギルバート諸島のタラワ、マキン、マリアナ諸島のグアムを占領(のち、タラワ占領部隊は撤収、マキンに小部隊を置く)
12月12日 日本政府は支那事変をふくめて大東亜戦争と名称決定
12月25日 日本軍、香港を占領
1942年(昭和17)
1月2日 日本軍、マニラを占領(フィリピン全土の占領は5月初め)
1月23日 日本軍、ラバウルを占領
2月15日 日本軍、シンガポールを占領、マレー作戦終わる
3月8日 日本軍、ラングーン<現ヤンゴン>占領(全ビルマ<現ミャンマー>占領は5月下旬。このとき、拉孟、騰越に守備隊を置く)
日本軍、東部ニューギニアのサラモア、ラエを占領
3月9日 日本軍、蘭印(現インドネシア)を占領
5月3日 日本海軍、ガダルカナル島の対岸にあるツラギ、ガブツ、タナンボコを占領
5月7日 珊瑚海海戦(〜8.海路よりのポートモレスビー攻略挫折)
6月5日 日本軍、ミッドウェー海戦に大敗
6月8日 日本軍、アリューシャン列島のアッツ島、キスカ島を占領(のち、アッツ島部隊は撤収)
7月6日 日本海軍、ガダルカナル島へ進出、飛行場建設を開始
8月7日 米軍、ガダルカナル島、ツラギ島、ガブツ島、タナンボコ島に上陸
8月8日 ツラギ、ガブツ、タナンボコ各島の守備隊玉砕
8月9日 第1次ソロモン海戦。以後、ガダルカナル島の奪還をめざして、日米の大小海戦が起こり、主要な海戦でも6回を数えた。
8月16日 米軍、マキン島を攻撃。日本海軍部隊(73人)全滅
8月18日 ガダルカナルへ一木支隊先遣隊上陸
南海支隊、陸路でポートモレスビー占領をめざしてブナを出撃
8月21日 ガダルカナルの一木支隊先遣隊、飛行場攻撃を敢行して全滅
9月12日 ガダルカナル島で川口支隊の総攻撃(〜13.失敗)
9月16日 南海支隊、イオリバイワへ進出(ポートモレスビーまで50キロ)。しかし、食糧払底し将兵は空腹の極に達しており、ポートモレスビー攻略を断念し、後退を開始
10月24日 ガダルカナルで第2師団の総攻撃(〜25。失敗)
10月30日 日本軍、アッツ島を再占領
11月10日 南海支隊、全面撤退開始、ギルワをめざす
11月14日 ガダルカナルへ向かう第38師団輸送船11隻、米軍航空隊に攻撃されほぼ全滅
(3隻、辛うじてガダルカナルの海岸に乗り上げるも、それも空爆され炎上)
11月16日 ガダルカナル、東部ニューギニア・ブナ地区の戦闘指揮のため、第8方面軍を創設し、ガダルカナルを攻略中の第17軍と、ブナ地区など東部ニューギニア攻略のため、同日、新たに創設した第18軍を統括
米豪軍、ブナ南東オロ湾に上陸
11月19日 南海支隊長戦死
12月8日 パサブア(ブナ地区)守備隊が玉砕
12月31日 御前会議、ガダルカナルからの撤退を決定
1943年(昭和18)
1月2日 東部ニューギニアのブナ守備隊玉砕
1月10日 この頃から東部ニューギニアのギルワ地区の各隊、西方のクムシへ撤退開始
2月1日 ガダルカナルから第1回撤退
2月5日 ガダルカナルから第2回撤退
2月7日 ガダルカナルから第3回撤退(撤退作戦終了)
4月18日 連合艦隊司令長官山本五十六大将、ラバウルからブーゲンビル島バラレ基地へ視察飛行中、米軍機に撃墜されて戦死(海軍甲事件)
5月12日 米軍、アッツ島に上陸
5月20日 大本営、アッツ島への増援放棄、キスカ島守備隊の救出を決定(キスカ島には米軍未だ上陸せず)
5月23日 アッツ島守備隊へ玉砕命令
5月29日 アッツ島守備隊玉砕
6月30日 米軍、中部ソロモン(レンドバ島)と東部ニューギニア(ラエ、サラモア)で本格的攻撃開始
7月29日 キスカ島の日本軍救出に成功(米軍は日本軍撤退後に上陸)
9月22日 米豪軍、東部ニューギニアのフィンシュハーフェンに上陸
9月30日 大本営、絶対国防圏を確定(防衛線をマリアナ・カロリン・西部ニューギニア以西に縮小)
10月30日 ビルマ戦線、北部のフーコン谷地ニンビンで新編中国軍が日本軍を攻撃。以後、1994年8月3日の米中軍によるミートキナ占領まで8カ月にわたり、米中軍と日本軍の死闘が展開された
11月5日 日本が招致した大東亜会議開催(日本・フィリピン・タイ・満州・中華民国<汪兆銘政権>の各国が参加)
11月21日 米軍、ギルバート諸島のタラワ、マキンに上陸
11月23日 マキン守備隊玉砕
11月25日 タラワ守備隊玉砕
11月27日 米・英・中がカイロ宣言(日本の無条件降伏まで戦う)
1944年(昭和19)
1月2日 米豪軍、東部ニューギニアのグンビ岬に上陸
2月1日 米軍、マーシャル諸島のクェゼリン、ルオット、ナムルに上陸
2月2日 ルオット守備隊玉砕
2月3日 ナムル守備隊玉砕
2月5日 クェゼリン守備隊玉砕
2月17日 米軍、カロリン諸島のトラック諸島へ大空襲。以後、中部太平洋の日本軍が配置されている諸島へ空爆つづき、ほとんどが孤立化
2月19日 米軍、マーシャル諸島のブラウン環礁エンチャビに上陸
2月20日 米軍、マーシャル諸島のブラウン環礁エニウェトクに上陸
2月22日 エニウェトク守備隊玉砕
2月23日 米軍、マーシャル諸島のブラウン環礁メリレンに上陸
エンチャビ守備隊、エニウェトク守備隊がそれぞれ玉砕
2月29日 米軍、ビスマーク海アドミラルティ諸島ロスネグロス島に上陸
3月6日 ビルマ戦線でインパール作戦開始(〜7月)
3月31日 連合艦隊司令長官古賀峯一大将、パラオ本島からフィリピン・ダバオへの移動飛行中、行方不明。同参謀長福留繁中将機は不時着し、フィリオピン・ゲリラ部隊の捕虜となるも、ゲリラ掃討作戦一時中止と引き換えに生還(海軍乙事件)
4月3日 中国戦線で、大陸打通作戦開始(〜1945年1月)
4月22日 米豪軍、東部ニューギニアのアイタペ、西部ニューギニアのホーランジア(現インドネシア領ジャヤプラ)に上陸
5月6日 ロスネグロス守備隊玉砕
5月18日 米軍、西武ニューギニアのワクデ島に上陸。同島守備隊、同月26日玉砕
5月27日 米軍、西武ニューギニアのビアク島に上陸
6月1日 中国軍の雲南遠征軍、北ビルマ戦線の日本軍最前線・拉孟を攻撃開始
6月15日 米軍、サイパンに上陸
6月19日 マリアナ沖海戦で日本海軍空母機動部隊完敗(〜20)。日本の空母部隊壊滅
6月21日 ビアク島守備隊長、玉砕命令出すも、直後に中止
6月27日 中国軍の雲南遠征軍、北ビルマ戦線の日本軍最前線・騰越を攻撃開始
7月2日 ビアク島守備隊自決(ビアク島守備隊、事実上の玉砕)
7月7日 サイパン守備隊玉砕
7月21日 米軍、グアムに上陸
7月24日 米軍、テニアンに上陸
7月31日 米豪軍、西部ニューギニアのサンサポールに上陸
8月2日 テニアン守備隊玉砕
8月3日 米中軍、ミートキナ占領(北ビルマ戦線)
8月11日 グアム守備隊玉砕
9月7日 拉孟守備隊玉砕
9月13日 騰越守備隊玉砕
9月15日 米軍、パラオ諸島のペリリュー島に上陸
9月17日 米軍、パラオ諸島のアンガウル島に上陸
10月10日 米軍、那覇を中心に沖縄を大空襲
10月12日 台湾沖航空戦(〜16)。戦果ゼロだったが、大本営は「アメリカ機動部隊を壊滅させた」と発表、全国的に祝勝大会が開かれた
10月19日 アンガウル守備隊玉砕
10月20日 米軍、フィリピンのレイテ島に上陸。米軍のフィリピン奪還作戦開始
10月24日 フィリピン沖海戦(〜25。レイテ沖海戦とも)。日本海軍の戦艦・重巡洋艦部隊壊滅
10月25日 フィリピン沖で日本軍の航空特攻開始。以後、航空戦は特攻が主流に
11月23日 ペリリュー守備隊玉砕
11月24日 サイパン発のB29(超空の要塞)、東京を初空襲
1945年(昭和20)
2月4日 ヤルタ会談(ドイツ降伏後のソ連参戦を合意)
2月19日 米軍、硫黄島に上陸
3月10日 B29、東京を大空襲(焼夷弾による無差別爆撃)。以後、名古屋・大阪・神戸などを無差別大空襲)
3月17日 硫黄島守備隊長、大本営に訣別電報
3月21日 大本営、硫黄島守備隊の玉砕を発表
3月25日 硫黄島守備隊司令部、最後の玉砕突撃
4月1日 米軍、沖縄本島に上陸
4月6日 沖縄航空特攻開始
5月8日 ドイツ、連合軍に降伏
6月8日 御前会議、本土決戦に決定
6月10日 英豪軍、ボルネオ島ブルネイ地区のラブアン島に上陸、10日間ほどの戦いで、ラブアン守備隊玉砕
6月23日 沖縄の日本軍、組織的抗戦を終える
7月26日 ポツダム宣言(日本降伏を黙秘)
8月6日 米軍、広島に原爆投下
8月9日 ソ連軍、満州国へ侵攻
米軍、長崎に原爆投下
8月15日 日本降伏。大東亜戦争・第2次世界大戦終わる
9月2日 ミズーリ号にて降伏文書に調印
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